稲作技術導入 〔歴史・考古学〕

1884年に東京府本郷向ヶ岡弥生町の貝塚で発見された土器が発見地に因み弥生式土器と呼ばれたことに由来する

当初は、弥生式土器の使われた時代ということで「弥生式時代」と呼ばれ、その後徐々に「式」を省略する呼称が一般的となった。

弥生時代は、北海道・沖縄を除く日本列島における時代区分の一つであり、縄文時代に後続し、古墳時代に先行する、およそ紀元前10世紀中頃から3世紀中頃までにあたる時代の名称である。

具体的には、稲作技術導入によって日本での水稲耕作が開始された時代である。

弥生時代は、水稲耕作による稲作の技術をもつ集団が列島外から北部九州に移住することによって始まった

しかし、1994年、縄文末期に属する岡山県総社市の南溝手遺跡の土器片中からプラント・オパールが発見され、さらに同県真庭市美甘姫笹原の4500年前の土器にもプラントオパールが発表され、2005年には岡山県灘崎町の縄文時代前期の地層から大量のプラントオパールが見つかり、少なくとも約3500年前からすでに陸稲による稲作が行われていたとする学説が数多く発表され、また水稲である温帯ジャポニカについても縄文晩期には導入されていたともいわれ、現在では弥生時代のはじまりと定義される稲作開始時期自体が確定できない。


update:2010年03月06日